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考える言葉

 

縄張り意識

 
2002年05月20日(月)

 小泉内閣が発足して一年の間に、新たに39の公益法人が設立されていたという実態調査が発表された。(自民党の調査結果)
 国所管の公益法人の数は、約7,000といわれ、行革の柱の一つとして統廃合が叫ばれているが、各省庁の巧みな抵抗にあって、あまり成果が上がっていないらしい。 
官僚の天下り先となっており、税金の無駄遣いを指摘されているが、まさに省益を守るための受け皿を手離そうとはしない、官僚組織における“縄張り意識”の典型ともいえよう。
 “縄張り”とは、陣取り合戦であり、自己の領分を主張することであるが、問題なのはその“排他性”にある。自らの既得権を守ることばかりに意識がいって、変化を極端に恐れ、嫌がるようになるので、いずれ硬直化し、環境の変化に適応できなくなくなる。
 官僚主導でやってきた日本は、あらゆる組織も個人も、多かれ少なかれ“縄張り意識”の強い社会性を有しているのではないだろうか。
 日本は今、歴史的にも大きな転機を迎えている。長く続いている低迷状態から抜け出し、21世紀における真のリーダー的存在として甦るためには何を為すべきか。様々な議論が為されているが、私は、この“縄張り意識”を完全に捨て去ることからやるべきではないかと考えている。
 政官は勿論であるが、あらゆる業界、個々の企業、国民一人ひとりの心の奥深く根付いている“縄張り意識”を捨て去ってしまうことができなければ、期待される変革は到底難しいことではないだろうか。
 高度に情報化されたネットワーク社会の特徴は、「変化とそのスピードのはやさ」にある。そして、その変化とスピードについていくためには、私たちは外に対してオープンマインド(開放系)であるべきだし、いかに良好な関係性を構築できるかどうかにかかっている。
 さらに、他との良好な関係性を求めるならば、為すべきことは一つ。相手の立場にたって考え、行動できるかどうかである。
 このような観点からも、“縄張り意識”を捨てることが現状を打開する唯一手段であることを認識できよう。
 “縄張り意識”とは、がん細胞のようなもので、不用になったにも関わらず、自己の存在主張し、増殖する。
 そのエゴの強さが身を滅ぼすことになることを、私たちは十分に知っているはずである。