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考える言葉

 

神話

 
2003年10月27日(月)

 河合隼雄氏(臨床心理学者、京大名誉教授、文化庁長官)の著作に「神話と日本人の心」という本がある。
 氏自身がその中で語っているように、戦時中の軍閥による日本神話の利用から、日本神話に対する拒否感が強かったそうだが、日本人としてのルーツを探ろうとするとき、また、今日の急激なグローバリゼーションの波の高まりの中で、日本人としての「開かれたアイデンティティ」を探索してゆく上で多くの示唆を与えてくれるのではないかと考えたのが、この本の執筆の動機らしい。
 「古事記」や「日本書記」を文献として、諸外国の様々な神話と対比させながら、日本神話の構造的特徴を“中空均衡構造”と名付けている。すなわち、「中心にある力や原理で統合されているのではなく」、曖昧さや妥協を許しながら、「美的な調和感覚」によって全体の均衡を保っているのだという。
 氏は、このような神話にみられる“中空均衡構造”は、他からいろいろなことを取り入れ、「追いつけ、追い越せ」と努力している間は、有効に機能するが、自らの決断を要する危機状況においては、無責任体制の欠陥をさらすことになると指摘している。
 他に示唆に富んだ話として、「切り離す」力をもった“科学の知”が「つなぐ」力をもった“神話の知”をつぎつぎと破壊し、その喪失に伴う問題が多発するようになったのが20世紀の特徴だという、指摘がある。つまり、“神話の知”の喪失が、現代における「関係性喪失の病」として顕われているという。
 私たち現代人は、確かに、「神話」をあまり意識することなく生きている。しかしながら、「神話」は神代の昔から語り継がれ、民族の生きる基盤をなし、私たちの深層心理のなかに刻まれているという心理学者の指摘は、傾聴に値するだろう。 
 組織には、組織の風土があり、文化があり、価値観がある。それは、創業以来、物語られ、つながりあって、自然にできたものであろう。だから、新参者はなじむまで違和感を覚え、また、その風土に慣れないと、いくら有能でも実力を発揮できないし、ストレスが溜まる。
 このような組織の風土と、それを形成しているルーツをどのように自覚し、組織や個々人のアイデンティティを確立するかが課題となる。さらに、ネットワーク化が進む今日、開かれた場所への良好な関係性の構築のためにも、自己の存在の意味を明確にしておかなければならない。
 「つなぐ」力をもつ“神話の知”、私たちは、自社あるいは自己の“神話”を物語っていきたいと考える。