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考える言葉

 

対概念

 
2004年06月14日(月)

 少し深く考えてみると、仕事において、今のままで良いことなど何一つないと誰もが思うのであるが、どちらかというと現状を変えたがらない人のほうが圧倒的に多数派のような気がする。
 「理想としては分かるが、現実には・・・・・」、つまり、現実には現状にとどまり一歩を踏み出せない、あるいは踏み出そうとしないのである。なぜか?一言でいうと、失敗することへの恐れではないかと考える。
 表面的には、「今の仕事で、手一杯だから・・・・・」あるいは「今までも、これでやってこられたし・・・・・」と、日常業務の忙しさや過去の成功体験を口にする。しかし、内面的にはマンネリ化している自分に気が付いているし、よくよく考えると、そんな情況で未来展望が拓けるはずがないことは百も承知であろう。「苦労してまで、失敗のリスクを背負いたくない」というのが本音ではないだろうか。
 大きな成功をした人には共通の体験がある。それは、「そんなものは成功しない。失敗するからやめときなさい」という周囲の反対の声を押し切って一歩踏み出したという経験である。
 「失敗?だから成功するのさ」という思考ができるのである。成功と失敗を対立する概念として考えていないのである。むしろ、“対概念”として捉え、考えている。成功の中に失敗の要素があり、失敗の中にこそ成功の要素がある。
 確かに、私たちは成功しているときに失敗の原因をつくっているし、失敗のときに成功の要因を見出しているのである。
 成功って「功を成す」と読めるが、失敗も「敗れて、失う」と読まず、「敗を失う」と読むと面白い。人間は成功すると、必ず傲慢になり、慢心に陥って失敗の原因をつくってしまうが、失敗すると、その都度、敗れる原因をとり除いていける。だから、やり続けると必ず到達点に辿り着けるのである。つまり、失敗とは成功へのプロセスであり、逆もまた言えることである。
 「成功と失敗」だけではないと思う。「理想と現実」、「善と悪」、「真と偽」、「美と醜」、「思考と行動」、「家庭と仕事」、「生産者と消費者」、他にもいろいろあると思うが、一見、対極にあるように見えるものを対立概念で捉えてしまうと、二項対立となり、二者択一の決定をしてしまう。
 これらをすべて“対概念”であると考えると、二項共存関係が生まれ、統合的な思考ができるのではないかと思う。“対概念”で捉えてみることは、ブレークスルー(現状打破)に必要な考え方ではなかろうか。