本文へ移動

考える言葉

 

志の高さ

 
2001年07月23日(月)

日本は今、その未来をどうするのかの岐路に立たされている。まさに、迷える子羊の群れ・・・。何処へ行こうとしているのか。
 今の私たちにとって最も恐ろしいことは、自らの進路の方向を見定めることができないでいることであろう。
 その原因は、やっぱり戦後の知識偏重の教育にあるのだろう。知識教育は、敷かれたレールの上を効率的に走るのに効果的だった。
 然も、過去の成功体験(ノウハウやハウツー)を他から要領よく学び取り、実践すると、何とかやってこられたのである。つまり、自らの独創性を求めて、リスクに挑戦しなくても、何とか目先の利益を得ることができた。
 いつの間にか、自分の頭でしっかりと考えることができなくなった。ここに大きな問題が潜んでいる。今私たちに求められているのは、自分の頭でしっかりと考えること、独創性である。
 今や目先の利益に目を奪われていると、未来を失ってしまう。いつまでも、ブレイクスルー(現状打破)ができない。
 過去の延長線上に未来がない、このような変化の時代に生き延びる唯一の手段は、徹底した未来志向を貫き通せるかどうかである。
 未来志向が成功するかどうかのポイントは、次の二点にある。(経営人間学講座)
(1)自己差別化できるかどうか
 過去の自分と決別し、未来の自分をどう描くのか(自己差別化)である。もはや、同業他社が敵ではない。変わりきれない自分こそ、自分を滅ぼす真の敵なのである。
(2)相手本位になれるかどうか
 独善的な未来を描いても誰も付き従うものはいない。付き従うものがいなければ、未来の大きな流れには決してなりえないのである。
 そして、より根本的な考えとして言えることは、未来志向とは“志の高さ”ではないだろうか。
歴史的にみると、時代が大きく動くとき必ずそこに卓絶した人材が輩出され、名を残している。時代のパラダイムが卓絶した人材を育て、その人材が時代を創っていくのだろう。卓絶した人材とは、その“志の高さ”において他の追従を許さない人のことではないだろうか。
“志の高さ”がないと、「時間と空間の広がり」を俯瞰(高い所から見下ろすこと)することはできない。
「企業人よ、大志を描こう!」